ネズミの歯 (お侍 拍手お礼の十二)

 


神無村の子供たちは、
コマチ坊やオカラちゃんのみならず、
どの子もそりゃあ元気で素直な和子ばかり。
好奇心も旺盛で、初めて見るお侍様たちにも興味津々な様子。
危険な作業場はもとより、詰め所にも
『ご迷惑だから近寄っちゃいけない』と言われているものの、
唯一、出入り構いなしとされている子供のコマチ坊が来るのを追って来て、
その少ぉし後方から覗き見していることがたまにあり。

 「この大騒ぎだ、それでなくとも落ち着けないのでしょうね。」

キクチヨに遊んでもらうこともあるそうなので、
別に怖い人たちじゃないんですよというのも判ってはいるようで。

 「…あ。」

コマチが作業場のヘイハチから持って来た伝言を
こちらへ居合わせたシチロージへと伝えていたその背後。
男の子たちの中の一人が、不意に妙な声を上げ、
口に手をやると、手のひらへと何かを吹き出したものだから。

「おや、歯が抜けましたね。」
「うん。」

詰め所にいたとはいえ、裏の庭先に出て洗濯物を干していたところ。
そこまでならば良かろうということか、
子供らのお喋りが耳に入ったらしき、物腰たおやかなお兄さんの手招きへ、
ちょこっと顔を見合わせ合ってからながら、
それでも“ぱたた…っ”と間近まで駆け寄って来る。
「こいつ、こないだっからぐらぐらしてるって言ってた。」
「そうですか。生え変わりの時期なんですねぇ。」
子供が好きか、にっこり笑ったシチロージ、

 「どっちの歯ですか?」
 「え?」

唐突な質問へきょとんとする腕白さんたちへ、
「上の歯だったら自分チの縁の下、下の歯だったら自分チの屋根の上へ投げるんです。」
次の歯が生えてくる、乳歯に限っての話ですがね?
そうと説明してあげて。
「投げた方向へ勢いよく伸びますようにって意味があって、
 そのときにおまじないとして“ネズミの歯に代えてくりょ”て言うんです。」
この村にはそういう伝えはなかったか、途端にどよめく子供らで、
「え〜〜っ、ネズミ?」
「オラ、それはいやです。」
子供たちはさすが、遠慮がなかったが、

 「何を言ってますか、ネズミの歯は世界一丈夫なんですよ?」

ほら、ネズミの嫁入りってお話があるでしょうが。
お天道様を隠してしまえる雲よりも、その雲を運んで来る風よりも、
そんな風をも遮る土蔵の壁よりも強いというアレですよ、と説明されて。
「う〜ん。」
どこかまだ、半信半疑という顔をしつつも、
不承不承解ったと頷いたその子を真ん中に、
小さなお客様たちが坊やのお家の方へとかけてったのを見送って。
さてと、お膝に手を置いて屈んでいた身を起こし、
家の方へと振り返ったところが、

 「…キュウゾウ殿?」

向こう側からやって来ていたのだろう、
紅衣をまといし双刀使いさんが、
その痩躯を背景の木立の緑に際立たせて立っていたのだが、

 「………。」

何だか様子がおかしい。
いつもならば、母上の姿を見ると多少は和らぐその表情の筈が、
赤い眸を大きく見開いて、呆然としており…

 「あ…。」

はは〜んとすぐにもピンとくるあたりは、シチロージも慣れたもの。
すぐ傍らへと寄ってやり、

 「そんな…この世の終わりみたいなお顔しないで。」

単なる驚愕以上という、
されどこの彼にはずんと微妙な、その違いがちゃんと判るらしいお母様。
腕を伸ばすと、頭を抱え込み、こちらの肩口へと乗っけさせてやって。
「大丈夫ですよ、
 さっきの子も知らなかったから、どこの村でもそうだとは限らない。」
「だが…。」
「時々、手を空けるのに片方の刀を咥えることもあるほどなの見てますよ?
 そゆ時も大丈夫だったでしょ?」
どうやら彼もまた、これまで抜けた乳歯へそんなセレモニーをしたことがなく、
そんなせいで丈夫な歯が生えて来てはいないかもと思ったらしい。
相変わらず、妙なところが初心
(うぶ)というか心配性な次男坊である模様。
とはいえ、何も闇雲に心配性なのではなく、
ぽつりと呟いたのが、

 「…こないだも、シチが言ってた通りになった。」
 「ああ。お月様に輪っかがかかると雨、ですか?」

あれはちゃんと理屈があるんです、こっちのは単なるおまじないで…って、
「聞いてますか? キュウゾウ殿?」
「………。」
声をかけてもお返事がないほどに衝撃だったらしいのは、
大好きな母上が嘘をつくはずはなし、それで…という順番なのらしく、
「いえ、だから。大丈夫だって言ってる方は、信用してもらえないのですか?」
「〜〜〜。」
声もなく呆然自失なまんまな次男を宥めるのに、
母上のお声と懸命さを持ってしても
結局、小半時もかかってしまったそうな。
(苦笑)



  ――― え? どうやって宥めたかって?



結構な時間、ぼしょぼしょと語りかけてた母上が、
最後にぽふぽふと、柔らかくながらお背
(せな)を軽く叩いてやって。

 「じゃあ、次に歯が抜けたら必ずということで。」
 「…。
(是)

こっくりと頷いた次男坊であったものの、

 「ちょっと待て。」
 「おや、カンベエ様。盗み聞きですか?」
 「それより。まだ乳歯があるのか、そやつ。」
 「あるんですよ、それが。」
 「…なんと。」
 「糸切り歯のきわの、小さい奥歯が1本だけ。」
 「…。
(頷)
 「ネズミの歯と替えてもらいましょうね♪」
 「……。
(頷・頷)

さすが、宇宙人は違いますvv

 「…抜けたのを覚えてないだけではないのか?」
 「カンベエ様っ。」





  〜Fine〜 07.2.3.


 *本来、拍手お礼SSってのは、このくらいの長さの掌話だそうですね。
(苦笑)


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